入学式式辞 学長 笠原清志 「一歩踏み出す勇気を」

2018年4月13日
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新座キャンパスでは、数日前まで満開の桜が咲き乱れておりましたが、早くも花びらが舞う季節になりました。この時期、日本では「新しい旅立ちと別れ、そして出会いの季節」でもあります。ここ、跡見学園女子大学でも、文学部、心理学部、マネジメント学部、観光コミュニテイ学部、そして人文科学研究科院、マネジメント研究科院生の諸君を迎え、入学式を執り行うことになりました。

新入生の皆さんご入学おめでとうございます。そしてご家族の皆様にも、心よりお慶び申し上げます。跡見学園女子大学を代表して、皆さんの入学を心から歓迎いたします。

跡見学園女子大学の起源は、学祖、跡見花蹊先生が、大阪中之島に父、跡見重敬氏と共に私塾を開いた安政5年(1858年)に遡ることが出来ます。まさに日本における近代化が始まろうとする前夜の時期でした。明治維新後、東京に居を移した花蹊先生は、明治8年(1875年)に神田に跡見学校を設立し、それが跡見女学校に継承され、現在の跡見学園女子大学の礎になりました。

跡見花蹊先生の教育観には、「伝統的を重んじつつ品性のある社会人の育成」、そして「実践的な教養を身につけ、自律し自立した女性」の育成といった理念があります。明治初期の、鹿鳴館時代にみられる、いわゆる文明開化に伴う風俗軽佻浮薄の風潮に対し、日本の伝統文化を踏まえた品性と教養こそ、跡見花蹊先生が重視したかった点ではないかと思っています。私は明治という近代日本の黎明期に、花蹊先生がこのような先進的な、そして現在の日本にも通じるような女性観と職業観を持っていたことに、本学で教育、研究に携わる者として誇りを感じる次第であります。

<私たちに求められているものとは>現在、私たちの社会は従来の制度を支えていた規範や道徳といったものが大きく変化しつつあり、その文明論的危機さえも指摘されています。グローバル経済の浸透、難民の増大、社会的格差の増大そして社会的分断といったことは、私たちが依って立っている市民社会のシステムといったものを崩壊させる恐れすらあります。

他方で、2011年3月11日の東日本大震災の発生とその後の津波の被害は、私たちが依って立っていた文明社会がどんなにもろい物である事を十分に示してくれたと思っています。そして福島における原子力発電に多くを依存し、そのエネルギーで私たちは快適な都市生活を享受し、それを当然のことと思っていたと思います。

大量生産、大量消費、そして豊かさを求めて地球環境すら破壊してしまいそうな状況にもかかわらず、私たちはそのような生活と生き方を変えられないでいます。どうしたらいいのでしょうか、あるいは私たちの生活どこから見直していったらいいのでしょうか,――私たちは、このように矛盾に満ちた複雑で、そして不確かな時代に生きているのです。

このような時代において、私たちに求められていることは、社会全体をしっかりと見る知性と教養ではないでしょうか。どんなに矛盾に満ちた複雑な社会であっても足下に道標があったら、あるいは進む方向に光が多少でも見えたりすれば、どれだけ心強いかと思います。知性や教養とは、高尚で抽象的な物ではなく、矛盾に満ちた複雑な人生を生きていく際の道標であり、歩むべき方向を指し示してくれる光でもあるのです。名称未設定 1

<真の教養とは>私は就職に役立つ資格や知識の習得を否定するわけではありません。しかし、すぐに役に立つ資格や知識は、すぐに役立たなくなってしまいます。大切なことは、日本文化に根ざした教養の存在と「自律し自立して生きていく」という一人の人間としての強さとプライドです。教養とは、いろいろなことを広く知っていると言うことではありません。真の教養とは、「自分の中に自分を見つめるもう一人の自分を持つ」ことです。言い換えれば、自分の内面と対話する自分を持つと言うことではないでしょうか。

この入学式に参加されている皆さんの中には、いろいろな思いを持ってこの入学式に臨んでいる人がいると思います。跡見学園女子大学を目指して頑張ってこられ無事入学試験に合格した人たち、あるいは第二志望で不本意であったかもしれませんが、入学してきた人たちもいるかもしれません。しかし、4年後に卒業する際には、跡見学園女子大に入学して本当に良かったと思って卒業して頂くよう教職員一同、全力で努力するつもりです。跡見学園女子大学の教育には、それを可能にする教育理念とそれを実践する素晴らしい教職員がいるということを理解して頂きたいと思っています。

これから人生の最も充実した、又最も恵まれた4年間を過ごす入り口に立っている皆さんに期待することがあります。それは、大学生として、常に主体的な学び姿勢と知的好奇心を持って頂きたいと言うこと、そして在学中にしっかりとした知識と教養を身につけて頂きたいと言うことです。

<一歩踏み出す勇気を>そのためには、日々の日常性から「一歩踏み出す勇気」を持って頂きたいと思います。この未知のことに対して「一歩踏み出す勇気」こそ、新しい世界を経験する第一歩であると思っています。「一歩踏み出す勇気」こそ、それは未知の世界へ、そしてグローバルな世界への窓を開くことでもあります。「困ったなー、どうしよう」と何回となく自らに問いかけ、解決を見出すようとするところから、自らの内面との対話が始まります。

学生生活で「一歩踏み出す勇気」から未知の世界へ、そしてグローバルな世界への窓を開くことにつながります。世界の先人達は、この「一歩踏み出す勇気」について次のように述べています。ドイツの文豪ゲーテは「何事も始めてしまえば、心は必然的に燃えてくる。そして続けていれば物事は成就するものだ」。また古代ローマの政治家、ルキウス・アンナエウス・セネカは、「難しいしいからやらないのではない。やろうとしないから難しくなるのだ」と述べています。

このような先人の言葉から考えますと、「一歩踏み出す勇気」とは、冷静に計算し合理的に考えた上での決断とは多少違うのではないかと思われます。むしろ、自分があまり自覚していなかったものが何かのきっかけで触発され、見えない糸で導かれるような形で一歩踏み出すというのが、現実なのではないでしょうか。

人と人との出会いは偶然のように見えますが、決して偶然ではありません。出会いとは、自分が大切にしていたものが何かのきっかけで触発され、見えない糸で導かれるような形で一歩踏み出した結果なのかもしれません。

学生生活では、「一歩踏み出す勇気」から学びが始まります。日本の文化を良く理解し、凛とした美しさを持ち、そして「自律し自立した女性」を目指して、これからの学生生活をスタートしてください。皆さんのこれからの発展を期待しています。以上をもちまして、歓迎の言葉に代えたいと思います。

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