跡見花蹊《行書七言二句「数杯竹閣花残酒」》
- 資料番号
- H614
- 分類
- 書跡
- 作者
- 跡見花蹊
- 年月日
- 明治11(1878)年
- 品質・形状
- 紙本墨書
- 員数
- 1幅
- 寸法(cm)
- 128.0×35.7
- 本文
- 「 數杯竹閣花殘酒
一局松隂日午棋」 - 款記
- 「戊寅秋八月」 「花蹊跡見瀧書」
- 印章
- 引首印「桃李不言下自成蹊」白文長方印
姓名印「跡見瀧印」白文方印 「瀧」の字のみ陽刻
雅号印「華磎」朱文方印 - 備考
- 「竹廬で残り少ない酒に杯を傾け、昼下がりの松枝が差し込む窓辺で囲碁に興じる」という、長閑な日常の一場面が想像される。しかし、後に続く「多病・自愚・冷笑」などの語句により、この情景は一転し、詩人の内面に潜む失意や自嘲が浮かび上がる。花蹊がこの後半の句まで把握していたかは定かではない。
原文は「松窓」であるが、花蹊は「松陰」と揮毫している。調査すると、文化11(1814)年刊の漢詩文集『嚢中錦心』(『墨場必携』系の選集)には同句が「松陰」と採られている。また、花蹊の手控え『揮毫雑記』(明治11年8月10日)には「数杯竹閣花残酒 一局松陰日午棋」を揮毫した記録があり、さらに同書に見える別句も『嚢中錦心』に収録されている。これらから、花蹊が拠り所とした典拠は『嚢中錦心』であった可能性が高い。款記に「戊寅(明治11年)秋八月」とあるため、作品は『揮毫雑記』に記された時期の制作とみられる。
本作品は重厚な筆致で全体が引き締まり、京都時代の流麗な書風から、晋唐筆法を意識した骨力ある書へと転換する壮年期の作と位置づけられる。
*李咸用:唐末の詩人。生没年未詳。乱世に遭い官途に恵まれず、廬山などに寓居し、失意を詠んだ作品が少なくない。
*『跡見学園女子大学花蹊記念資料館収蔵資料総合目録4』掲載