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企画展「春の収蔵名品展」・「地図でたどる跡見花蹊の歩み」開催のお知らせ

2019年3月11日

2019年3月12日(火)より5月31日(金)まで、企画展「春の収蔵名品展」・「地図でたどる跡見花蹊の歩み展」を開催いたします。

展示室1では「春の収蔵名品展」として、跡見花蹊の「官女図」、屏風「竹鶴図」また跡見玉枝とその弟子10名の合作「桜寄図」、同じく跡見玉枝画、宮原節庵賛の「蓬莱山図」を初出品いたします。その他花蹊の大作「四季花卉図」など、春の季節を感じさせる作品を展示しております。

また、オノ・ヨーコの祖母安田暉子(てるこ)、母磯子の紹介をパネル展示でご覧ください。安田暉子は安田財閥創始者の安田善次郎の二女、磯子は安田善三郎と暉子の四女。オノ・ヨーコの母になります。二人とも跡見女学校の卒業生で、特に暉子は跡見花蹊・跡見李子と関わりが強い方でした。暉子の直筆葉書、磯子表紙画の『汲泉』第73号や卒業アルバムなどを展示しております。

展示室2は、「地図でたどる跡見花蹊の歩み」と題し、跡見花蹊の生誕の地大坂摂津国木津村から京都そして東京へと花蹊が学校をつくりあげていく道のりを、地図を見ながらたどっていく企画です。
花蹊は17歳で木津村から京都へ遊学、19歳で再び大坂へ戻り、父が公家姉小路公知の家臣として京に上がったため、20歳で父重敬と共に経営していた中之島の私塾を任せられることになりました。この時から87歳の生涯を終わるまで花蹊は息をつく暇もなく「教育への道」をまっすぐに進んでいくことになります。

あらためて花蹊の歩んだ道のりを跡見花蹊の書き残した『花蹊日記』を元に検証し、花蹊の移転を軸とした年表を作成しました。大きな区分としては大坂・京都・東京で、中之島から小石川柳町校舎完成まで短期間の仮住まいも回数に入れると、花蹊は13回移転していることになります。

明治3年11月17日にはいよいよ東行、京都姉小路邸より出発し、11月29日東京築地沢邸まで「跡見花蹊の五十三次」は行程のみで詳細は記録されていませんが、花蹊の興味を大いに掻き立てる旅であったことが想像されます。
東京においては、神田三崎町の姉小路邸の一角で私塾を開き、神田中猿楽町そして小石川柳町へと移転し、本格的な学校建設をめざし邁進していきました。大正15年1月10日花蹊が87歳で亡くなったあとは、2代目校長として花蹊の養女跡見李子がその任を引き継ぎました。昭和7年には現在の文京区大塚に移転、改築をし、現在に至っています。

花蹊の移転にポイントをおいた今回の企画を実施することは、あらためて花蹊の偉業を再認識することになりました。未完成の部分が多い形となりましたが、今後さらに見直し良い企画に向けて反映していければと考えております。
展示室1の企画展と併せてご高覧いただければ幸いです。

企画展  「春の収蔵名品展」
「地図でたどる跡見花蹊の歩み展」
・会場: 跡見学園女子大学花蹊記念資料館 展示室1・2
・会期: 2019年3月12日(火)~5月31日(金)
・開館時間: 9: 30~16:30
・休館日:日曜・祝日 入館無料
 3月18日(月)と3月19日(火)は学校行事のため休館。
 5月26日(日)は開館。


ポスターA4

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